近年スマホのGoogleMapを使用する事が多くなりました。
私の実家の前を通る道路にはGoogleでは「鮎鮨街道」と明示されております。
幼少の頃に祖母から、「この道路は昔から江戸のお城に通じる街道なんだよ。」とよく聞かされ、幼いなりに「そうなんだ江戸城まで行く『東海道』なんだ」と、勝手に思い込んでおりましたが、小学校に入り社会科を学んでいくと、「確かに江戸には行けるが東海道は江戸から名古屋の熱田神宮横を通り木曽三川を渡り桑名に通じており、木曽川町には来て無い街道」との事を知った次第です。
確かに「鮎鮨街道」は熱田神宮辺りで東海道に入り、江戸へ向かう街道ではあります。
では、「鮎鮨街道とは?」と思い、調べてみると岐阜金華山麓の長良川鵜飼で取れた鮎の御鮨を熱田を経由して東海道に入り岐阜から400Km弱の距離を、僅か4日間で将軍「徳川家康」に献上するルートの事で、当時は「御鮨街道」とも称される様になったそうです。
魚に関わる街道名には「鯖街道(若狭街道)」「鰤街道(飛騨街道)」とか、全国に幾つか確認できますが、多くは観光振興と結び付いた比較的新しい造語で「鮎鮨」の名称もその種類と思われます。
徳川御三家の尾張藩から将軍家に献上される鮎鮨が通行した事から「御鮨街道」は「御鮨」の敬称を伴っている様に、他の「魚へん街道」とは異なり鮎鮨以外にも様々な通行が有った様です。
尾張藩主による岐阜領域訪問の他、後世では明治天皇巡行にも使われ鮨だけでは無く武家や天皇等多くの往来が有りました。
私の実家から百メートル岐阜よりの街道沿いの善龍寺には「明治天皇御駐車乃場」なる石柱も存在します。
この様に、由緒ある街道が通る木曽川町で生まれ育った事を、非常に誇りに思っております。






